観劇感想『ツイノスミカ Farewell,My m.c』 2019.5.26(sun)

 

 『地方都市の周辺の小さな町で、生まれたり潰えたりする、人の仕事や出会いや恋や野心やあきらめやささやかな希望。人が最後に住むところ、を考えることは、剥がしようもなく、「生きること・暮らすこと」を考えることだという思いを新たにしています。』(手記一部抜粋)

 

 私にとって東京は、同じ日本なのに他国のような距離感で、何でも手に入るし何でも観れるし、寧ろ無いものの方が少ないような、人で例えたら隙のない完璧超人のような相手で、気安くは近づけない。でもそれは地方で育った私からの目線でしかなく、東京も地方と同じで、そこに生まれ過ごし育った人々がいて、育った場所を手放せないような感覚を何人かは持っていて、そこから離れる人とそこへ向かう人の数が違うだけで、結局は誰かがそこに愛着を持っている土地だということには変わりないような気もして。けど実際問題は、オグラが言った通りでもあるし、サキサカの意見もわかるしで、結末が一つの結果ではあったけど、サキサカ達からしたらあれがきっと最良であったし、でももしかしたらオグラのプロジェクトで劇的な変化があったかもしれないしで、私はどちらの味方をしたいんだと観終わった今でも少しもやもやしている。

 もっと直接的で、攻撃的な言葉なら傷も癒えやすく楽だろうに、玉井さんの脚本の中の言葉はいつもどこか小さな針を体内に残していくような感覚がする。

 

 

 一番最初の、ワタナベがサキサカに発した「ごめんね」の意味合いはそのあとの言葉通りではなく、オグラとのやりとりの件でずっと後ろめたさを引きずっていたからゆえ許されたかったのかなということ。キョウコの言う柿の明るさと冷たさの比喩は、オグラのことを想って言っていたのではないかということ。2組のカップルや夫婦は、少しずつズレてきてしまって噛み合わなくなっていたのかなということ。そんな様々な想像を搔き立てる物語だった。