観劇感想『往来』 2019.1.6(sun)

 

 『ロングドレスの倫敦、江戸の気配の残る東京。逢魔が時、或いは夜明け前の薄ら明るい、我々から遠くて近い「都市」で、ともに変人と呼ばれた長身痩躯の男、綺堂とホームズ。両作品の持つ普遍性・多様性はもちろん、今回は幾多あるパスティーシュの面白さにも着目し、「日本人の上演するシャーロック・ホームズとは」をテーマに作品を作りました。』(フライヤー記載一部抜粋。)

 

 舞台中央奥に、低い肘掛け椅子が二つと小さめの机、先生が座る椅子の周りには積み上げられた書物。上手側の手前には3つの行灯と木製のベンチが置いてある。

積み上げられた書物は、岡本綺堂という人物の礎であり、過去そのものを表しているのかなとか、行灯は観終わった後に気になって読んだ「半七捕物帳<奥女中>」の、お蝶が連れて行かれた場所にあった部屋の行灯をリンクさせているのかな、と様々な想像が掻き立てられる、レトロでお洒落な大道具が置かれていて面白かった。

全体的に暖かな色合いの照明で、だけど暗さは残っているのが、優しさと孤独さを表現しているように感じた。

 

 私は活字が苦手で、小説の類も好きな作家の小説ばかり読む癖がある。その為作者を知らないことが多く、岡本綺堂の名も今回初めて知った。

シャーロック・ホームズの人物像はBBC製作の「SHERLOCK」でなんとなくイメージが出来上がっている。頭が切れて、皮肉屋で、探求心が枯れない変わり者。けれど忘れそうになるのが、ホームズは架空の人物であるということ。寧ろ『往来』を観なかったら岡本綺堂を知らないままでいたかもしれない。それくらいホームズは、まるで過去の現実を生きていたかのような妙なリアリティを持っている。

 そんなホームズが生きていた物語と、岡本綺堂が描いた物語を作中にリンクさせ、最後は現実の話に戻り幕が下りる。舞台だからと特に大きな音や声がするわけでもなく、静かにゆったりと流れていく時間は心地よかった。

 

 玉井さんの作品は、淑やかな空気が滲み出ていると観る度に感じる。意図してそのような空気を出しているのかいないのかはわからないが、とても素敵だなと思う。