観劇感想『プールのある家』 2019.7.28(sun)

 

 『その街に親子がいた。父親は四十歳くらい、子供は六歳か七歳であろう。お互いに「ねえ」とか「なあ」とか漠然と呼びあっていて、親子というよりも親友か兄弟のように見えた。二人はいつか建てる筈の家について語っている。その家は空想の中で幾たびとなく改築されながら、次第に豪壮な邸宅となっていった……。山本周五郎の名作「季節のない街」から数編取り上げてコミカルに再構築するシアホリ流悲喜劇の決定版。』(フライヤー記載抜粋)

 

 『プールのある家 / がんもどき / 親おもい』の三つの演目で構成されているが、各公演でその都度演目順が変わるといった少し特殊な公演。台詞等は変わらないらしいが、観る順番によって印象が変わるらしい。

 世界観が同じ為、各演目で所々リンクしている箇所もありつつ、一人の登場人物を役者二人がそれぞれ違う演目時に演じていたりもする中、誰が誰を演じているのかが瞬時に把握できる演技力と演出。

 貧困街で暮らす人々の物語。私が観たときは上記の上演順で、最初に(個人的に)強烈な『プールのある家』が来た為、比較的喜劇として観れそうな『親おもい』ですら重たく残った。照明や音楽で少しは和らぐかと思いきや、どうしても役者の演技力に引っ張られて感情移入してしまう。

 

 

 最近実家を離れてから、ある一定のラインを守りながら生活していくというのは案外容易くなくて、毎日が自分のことで精一杯な中、子を育てていく親の偉大さを感じていた。けれど、親としての義務を全ての人間が果たせるかと言われたらそうでもなくて、それは今も昔も変わらないのかもしれない。

 生まれてくる時代や環境を私たちは選べない。私が今こんな風に生活していけるのも、観劇ができるのも、ある意味生まれてきたタイミングと親のおかげだとしか言いようがない。だからこそ、目の前の現実よりも理想の世界で生きた父親と、亡くなってしまった子供が、見ていてただやるせなかった。